演目解説
『仏師』
――騙すほうも、騙されるほうも、どこか憎めない
狂言『仏師(ぶっし)』は、田舎者と詐欺師のやりとりを描いた、笑いに満ちた一曲です。
登場人物は二人。ひとりは、町へ仏師(仏像を作る職人)を探しに来た田舎者。そしてもうひとりは、「スッパ」と呼ばれる詐欺師です。
スッパという言葉、聞き慣れない方もいるかもしれませんが、実は「すっぱ抜く」の語源。もとは忍びの者を意味した言葉が、転じて詐欺師の意味で使われています。本作では、まさにこの“スッパ”が田舎者を言葉巧みに騙す役を担います。
物語は、田舎にお寺を建てた男が、仏像を安置するため仏師を探して町にやってくるところから始まります。ところがそこに現れたのが、仏師を名乗る詐欺師。仏様なんて彫れないくせに、「吉祥天像をお作りしましょう」と話を合わせ、やけに調子のいい受け答えで田舎者の信用を得てしまいます。
「三年かかります」と言ったかと思えば、「やっぱり明日できます」と言い出す詐欺師。その場しのぎの言い訳に田舎者は翻弄されつつも、どこか信じてしまう。しまいには、自分が仏様の姿になって田舎者の前に座る、というとんでもない展開に。仏像になりきった詐欺師は、田舎者が「あれ、ここ変だな」と言えば「ちょっと直してきます」と言って仏像姿を脱ぎ、修理のふりをしてまた元の位置に戻る……そんなことを繰り返しているうちに、少しずつボロが出て、ついには正体がバレてしまいます。
ストーリー自体は非常にシンプルですが、滑稽なやりとりとテンポの良い展開、そして人間の素朴さや欲深さを笑いに昇華する力が、この作品には詰まっています。
なお、能と狂言の違いについて少し触れておくと、「能が悲劇(に近いもの)」「狂言が喜劇」と言われることが多くあります。もちろん能にも祝言的な演目はありますが、たとえば前世の未練や地獄での苦しみを描いた曲が多い一方で、狂言は、日常の中のすれ違いや勘違い、あるいは詐欺といった題材を笑いで包み込む芸能です。
『仏師』もその一つ。「そんな話、騙されるわけがない」と思いつつも、どこか微笑ましくて、演者と観客が一緒に笑って楽しめる一曲です。どうぞ、詐欺師の苦しい言い訳と、田舎者のまっすぐな反応のやりとりを、舞台でご堪能ください。