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演目解説

『三輪』

―― 神と人との契り、光の再生

 

 能『三輪(みわ)』は、大和国・三輪山を舞台とし、神と人との交わりを主題とする作品です。三輪山は古代より「神奈備山(かんなびやま)」として崇められ、大物主神(おおものぬしのかみ)を祀る大神神社(おおみわじんじゃ)が鎮まる霊地。その神秘性を背景に、神仏習合の思想を色濃く映し出した曲となっています。

 

 物語は、山中に住む玄賓僧都(げんぴんそうず)のもとへ、毎日樒(しきみ)と水を供える一人の女が訪れることから始まります。晩秋のある日、女は「夜寒をしのぐ衣を」と願い、玄賓から衣を授かると、「杉立てる門を目印に訪ねよ」と告げて姿を消します。その後、里人の知らせに導かれて社へ赴いた玄賓は、神木の杉に自らの衣が掛かっているのを見つけ、そこに和歌が金文字で記されているのを知ります。やがて、杉の木陰から三輪明神が姿を現すのです。

 

 三輪明神は、自らも衆生を救うために人の苦しみを背負う存在であることを語り、さらに三輪の神婚説話を明かします。夜ごとに通って来る夫の正体を知ろうとした妻が衣に糸を縫い付けて辿ると、糸は社前の杉の根元へと続いており、男こそ神の化身であった――という伝承です。これは、神が人との契りを通じて、清らかな「三つの輪」の教えを示す物語として語られます。

 

 後場では、三輪明神が神楽を舞い、天照大神の天岩戸隠れを再現します。神々の舞と囃子によって闇の世界に光が戻る神話は、神の力の顕現であると同時に、人間に救済を示す象徴として舞台に立ち現れます。夜明けとともに神は去り、玄賓は夢のような体験から覚めるのです。

 

 『三輪』は、神道の奥義と仏法の救済とが交錯する曲です。神が人の姿を借りて現れるのは、人間の苦悩を共にし、その先に導きを示すため。そこで舞われる神楽は、単なる神話の再現ではなく、祈りそのものを体現する所作として響きます。

 幻想的な三輪の里の風土を舞台に、神と人、現実と神秘の境を往還するこの曲は、観る者を清らかな祈りの世界へと誘い、神と人との契りがもたらす救済の意味を静かに問いかけてきます。