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演目解説

『道成寺』

―― 執心が鐘を落とし、蛇となってなお燃え続ける

 

 能『道成寺(どうじょうじ)』は、安珍・清姫伝説をもとに作られた、能を代表する大曲・秘曲です。恋慕、嫉妬、執心――ひとりの女性の激しい情念を描いた作品であり、同時に、能楽師にとっては「道成寺を披く」と言われる特別な演目です。若手能楽師にとっては、一人前と認められる大きな節目ともされ、その舞台には独特の緊張感が漂います。

 

 紀州・道成寺では、長いあいだ失われていた釣鐘を再興し、鐘供養が行われることとなります。住職は、「ある事情」により女人禁制を厳命しますが、そこへ一人の白拍子が現れます。彼女は「供養のために舞を舞いたい」と願い出て、能力たちに寺内へ入れてもらいます。

 

 白拍子は烏帽子を着け、静かに舞い始めます。やがて「乱拍子」となると、舞台の空気は一変します。小鼓と向き合いながら、一歩一歩、鐘へと近づいていく白拍子。その姿は、蛇が獲物へ忍び寄るようでもあり、静かなのに異様な迫力があります。乱拍子の後には、一転して激しい「急ノ舞」となり、白拍子の内に潜んでいた執心が噴き上がっていきます。

 

 そして白拍子は、

 

 「思えばこの鐘、恨めしや」

 

 と鐘を見上げると、龍頭へ手を掛け、鐘を引き落とし、その中へ飛び込んでしまいます。

 

 特に金春流の櫻間家では、「斜入(しゃにゅう)」という特殊な鐘入りを行います。通常の鐘入りは、鐘の真下から真上へ飛び込む型ですが、斜入では鐘の外側から、斜めに身体を投げ込むように飛び入ります。しかも、ただ飛ぶだけではなく、踏み切りながら身体を捻り、空中で正面を向いた瞬間に鐘が落ちるという、極めて高度で危険な型です。

 

 この斜入は、櫻間家に伝わる大切な型として知られています。鐘の落下と飛び込みの呼吸が少しでもずれれば大怪我にも繋がりかねず、鐘後見との絶対的な信頼関係が求められます。そのため、単なる派手な演出ではなく、代々受け継がれてきた覚悟と技術の結晶とも言えます。

 

 宙に浮くようにして鐘へ吸い込まれていく姿は、まさに人が蛇へ変貌していく瞬間そのものです。『道成寺』数ある見どころの中でも、この斜入は観客の息を呑ませる最大の山場の一つとなっています。

 

 鐘が落ちたことを知った住職は、この寺に伝わる恐ろしい昔語りを始めます。昔、真砂庄司の娘が、一人の山伏に恋をしました。しかし山伏はその想いを恐れて逃げ出し、道成寺の鐘の中へ隠されます。娘は執心のあまり蛇体となり、日高川を渡って寺へ辿り着き、鐘に巻き付き、炎で鐘ごと山伏を焼き殺してしまったのでした。

 

 住職たちは法力によって鐘を引き上げます。すると中から、蛇体となった女の執念が現れます。僧たちは必死に祈祷を続け、蛇体は激しく襲いかかりますが、ついには祈り伏せられ、日高川へ飛び込み姿を消していきます。

 

 『道成寺』の魅力は、やはりその圧倒的な舞台性にあります。巨大な鐘、乱拍子の極限の緊張感、激しい急ノ舞、危険と隣り合わせの鐘入り――見どころが次々と続き、観る者を一瞬たりとも離しません。

 

 しかし、この曲の本当の恐ろしさは、単なるスペクタクルではなく、「執心」の深さにあります。恋する心が、いつしか執着へ変わり、ついには蛇となってしまう。その情念は、祈り伏せられてなお、完全には救われません。

 

 だからこそ『道成寺』は、美しく、恐ろしく、そしてどこか哀しい作品として、今も多くの人を惹きつけ続けているのです。

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