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演目解説

『楊貴妃』

―― 比翼連理の誓い、その果てに

 

 能『楊貴妃(ようきひ)』は、中国・唐の時代に実在した楊貴妃と玄宗皇帝の悲恋を題材とした作品です。原典は、白楽天(白居易)の名詩『長恨歌』。能では、その後半部分にあたる、死別した二人の愛の物語が描かれます。鬘物(かずらもの)の代表曲の一つとして知られ、気品と優美さ、そして深い哀愁をたたえた名曲です。

 

 玄宗皇帝は、最愛の妃であった楊貴妃を失って以来、その悲しみから逃れることができません。そこで、仙術を使う方士に命じ、楊貴妃の魂の行方を探させます。方士は天上界や黄泉の国を巡り歩いた末、東海の彼方にある仙境・蓬莱宮へとたどり着きます。

 

 蓬莱宮には、かつての美しい姿のまま楊貴妃の魂が住んでいました。方士から玄宗の変わらぬ思いを聞かされた楊貴妃は深く心を動かされます。そして、自分に会った証として髪に挿した釵(かんざし)を差し出します。しかし方士は、それだけでは確かな証にならないと答えます。そこで楊貴妃は、かつて玄宗と二人だけで交わした秘密の言葉を明かすのでした。

 

 「天に在らば願わくは比翼の鳥とならん。地に在らば願わくは連理の枝とならん。」

 

 七夕の夜、永遠の愛を誓って交わした言葉です。しかし、その誓いも空しく、楊貴妃は馬嵬の露と消え、玄宗と離れ離れになってしまいました。それでもなお、玄宗の心が昔と変わらぬならば、いつの日か再び巡り会えることを信じている――。楊貴妃はそう語り、方士に伝言を託します。

 

 やがて帰ろうとする方士を呼び止め、楊貴妃はかつて玄宗の前で舞った「霓裳羽衣(げいしょううい)」の舞を見せます。玄宗との思い出を胸に秘めながら舞う姿は、華やかでありながらどこか儚く、愛する人を失った深い孤独を感じさせます。舞い終えた楊貴妃は再び釵を方士に託し、その姿を静かに見送ります。

 

 『楊貴妃』の大きな特徴は、死者が現世へ現れる一般的な夢幻能とは逆に、生者である方士が死後の世界へ赴く点にあります。現世と仙界が入れ替わったような幻想的な構成によって、楊貴妃の心の揺れや玄宗への思慕が、より繊細に描き出されています。

 

 またこの曲は、激しい展開や大きな動きによって見せる作品ではありません。ゆったりとした謡や舞の中に、尽きることのない愛惜の念が静かに込められています。特に後半の「序之舞」は見どころの一つで、玄宗との幸せな日々を懐かしみながら舞う楊貴妃の姿は、この曲の美しさを象徴する場面といえるでしょう。

 

 愛を誓った二人も、死によって引き裂かれてしまう。しかし、それでもなお相手を想う心だけは消えることがない――。『楊貴妃』は、白楽天の『長恨歌』の世界を受け継ぎながら、永遠の愛への憧れと、人の心に残る尽きせぬ思慕を静かに描き出した、美しくも切ない名曲です。

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